研究の概略
感染症のアウトブレイクやクラスター化を防ぐ上では、感染経路を考えた適切な予防対策が必要です。院内感染症では、メチシリン耐性ブドウ球菌(MRSA)をはじめとする薬剤耐性菌、胃腸炎ウイルスなどの接触感染が問題となります。予防対策として、患者のコホート隔離、医療従事者の手洗い、アルコールでの手指消毒、マスク、ガウン着用などが行われています。
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)でも問題となっているエアロゾル感染や空気感染に対しては、空調換気、遮蔽物によるエアロゾル飛散防止などの対策も必要です。SARS-CoV-2はプラスチックやステンレスの表面で2~3日間生存し、MRSAも環境中で長期間、生存するとされており、二次感染の予防も大事です。
しかし、標準的な感染予防対策だけでは細菌やウイルスが環境中に残る可能性があります。さらに確実な感染対策として二酸化塩素ガスを用いた空間除菌・ウイルス除去を行うことにより、院内感染のリスクを減らすことが可能と考えられます。
二酸化塩素(ClO2)は1811年にハンフリー・デービーが見つけた黄色い化合物で、亜塩素酸塩 溶液に塩酸などの酸を加えることで発生します。常温ではガスとして存在しますが水溶性であり水溶液としても使用できます。二酸化塩素は1つの不対電子を持つ、安定なラジカルであり、物質を酸化します。
二酸化塩素水溶液は米国では食品添加物や医療機器の消毒剤としても認可されています。最近、有人環境下で利用できる低濃度二酸化塩素ガス発生製品や装置、長期間の保持が可能な水溶液も商品化されています。これまでの研究から、低濃度二酸化塩素ガスを空間除菌のために使用しても人体への毒性はほとんどないと考えられます。
二酸化塩素ガス・水溶液の有人環境での応用
1)インフルエンザ
インフルエンザ流行期に同じ敷地に隣接する二つの宿舎において、二酸化塩素ガス発生ゲル剤を設置した棟と、設置しなかった棟におけるインフルエンザ様疾患の発症率を比較した研究があります。その結果、二酸化塩素発生ゲル剤の設置群ではインフルエンザ様疾患の発症が有意に低率でした。
2)感染性胃腸炎
冬季6ヶ月間に市中病院の小児病棟で二酸化塩素ガス発生ゲル剤を各病室に設置し、汚物処理に二酸化塩素水溶液を用いました。2016年から4シーズン検討した結果、感染性胃腸炎の二次感染は全く認めず、有害事象もないことが確認されました。
3)院内肺炎の予防
院内肺炎は、入院後48時間以降に発症した肺炎であり、感染経路として呼吸管理中に行われる気管吸引や吸入によるエアロゾル感染が問題となります。予防対策として閉鎖式吸引システムの使用、体位変換、人工呼吸器回路の交換などが行われています。病室の消毒、清掃などの環境整備に加え、空間浄化も重要です。従来、院内の空間浄化は換気、HEPAフィルター、陰圧室や陽圧室による微生物の拡散・流入防止が主に行われてきました。
しかし、陰圧室設置には高額な費用がかかります。またHEPAフィルターは病原微生物を補集しても殺菌、不活化までは出来ません。物体の消毒としてアルコールはノロウイルスやアデノウイルスには効果がなく、次亜塩素酸ナトリウムはトリハロメタン等の発ガン物質を生じる問題があります。
低濃度二酸化塩素ガスおよび水溶液は、院内肺炎の原因微生物のエアロゾル感染でも十分な効果を発揮すると考えられ、HEPAフィルターとの併用により、さらに高い感染予防効果が期待できます。
これまで二酸化塩素による感染対策の有用性、安全性に関する研究成果が多く集積されており、実際の医療現場での応用が拡大すると考えられます。